『なつぞら』天陽(吉沢亮)のモデル神田日勝とは?経歴や作品を比較・考察まとめ!

NHK朝ドラ「なつぞら」で、ヒロインのなつ(広瀬すず)の幼馴染・山田天陽(吉沢亮)のモデルとなった神田日勝(かんだ にっしょう)について紹介します。

実際に十勝にある「神田日勝記念美術館」へも行ってきましたので、感じたことや、日勝の名言とともに、天陽のセリフについても考察していきたいと思います。

第42話の雪上シーンでの台詞の背景についても考えます!

天陽(吉沢亮)のモデル・神田日勝とはどんな人?

神田日勝(かんだ にっしょう)は農民画家、25歳で結婚し32歳で亡くなっています。

出典:http://kandanissho.com/life/

  • 1937(昭和12)年、東京・練馬区生まれ。
    父が拓北農兵隊に応募し、北海道へ。幼少より絵に興味を示した。
  • 1945(昭和20)年8歳のとき、8月14日に十勝・鹿追町に到着。
    苦労が多く東京へ帰る人も多い中、神田一家は鹿追に定着。
  • 13歳 中学で美術部を創部。高校で美術部だった兄の影響を受け、油絵制作にも取り組み始める。
  • 16歳 中学を卒業し、農家を継ぐ。家庭の事情を察して、日勝が家を継ぐことを決めたため、兄・一明は東京芸大に進学した。
  • 21歳 青年団の一員として演劇発表会に出演する他、演劇舞台装置も手がける。青年団の弁論大会で1位となるほか、釣り、陸上競技、相撲等多方面で活躍する。
  • 25歳 高野ミサ子と結婚。
  • 27歳 長男哲哉生まれる。
  • 31歳 長女・絵里子生まれる。
  • 32歳 春先から体調が優れず、無理がたたって新得町の医院へ入院。 病名不明のまま悪化し、転院したが、その後腎盂炎による敗血症で亡くなる。8月25日永眠。

日勝のドラマチック過ぎる一生、苦労の連続

日勝のお父さんは、天陽(吉沢亮)の父・正次(戸次重幸)と同じで、実際に郵便局員をしていました。農業だけでは食べていけず、副業です。そんな中、配達中に家が火事で燃えてしまったんです!創作よりも辛い展開って…。

日勝の結婚は25歳の時、もう良い年だと好みを聞かれます。「明るい女性」と言うと、ミサ子さんを紹介され、半分見合いのように結婚話がまとまったそうです。今では考えられませんが、「なつぞら」の時代の感じがわかりますね。
天陽にもこういう展開が待っているのでしょうか?なつのことは本当に諦めちゃうのか?

そして、薄命…。天陽には、どうにかここを乗り越えて欲しいのですが、32歳で日勝は亡くなります。日勝に死を予言した占い師がいるらしく、家族が困らないように売るための小さな絵をたくさん描くようになりました。

後述しますが、その絵を美術館で見ました。それまでの絵は両手を伸ばしても収まらないほどだったのに、40cmくらいの絵になっていました。自然を美しく描いていて、とても可愛らしくなっていました。ちょうど、雪月に飾られているような絵の雰囲気でしたよ!

天陽(吉沢亮)と神田日勝を比較!

神田日勝と、ドラマ「なつぞら」でモデルとして描かれている天陽と違いはあるのでしょうか?比較していきます。

東京生まれ、空襲で疎開、拓北開団…背景はほぼ同じ!

山田天陽は、日勝と同じく1937年東京生まれです。同じように拓北農兵隊に応募し、柴田家のある十勝・音問別村へやってきます。

小学校で奥原なつ(広瀬すず)と出会います。家は兄弟2人を学校へ送り出せる状況にはなく、小学3年生で天陽は家を継ぐことを決意します。なつと柴田家のおかげで、実りのない畑の改良に取り組み、成功します。
18歳のとき、なつ(広瀬すず)の為に高校演劇の背景を担当しました。

兄・山田陽平(犬飼貴丈)は東京芸大に進学、兄から絵の具や画材を貰って絵を書いています。

お兄さんが芸大に行ったまでは同じ!ただし、アニメーションとは全く関係はなく、全道作品展で日勝と共にダブル受賞するなど芸術家として成功されています。

馬の死と向き合う、馬を愛した天陽と日勝

<第6話>
天陽がノートに馬の絵を書いているのを見て、なつは絵の上手さに驚きます。天陽は、その馬のことを大好きでしたが、病気の馬を騙されて買わされ、すぐに死んでしまったのでした。「死んでしまったけど、絵では生きてることにしなくちゃ」と話します。

この話は、実際の神田家に起きたエピソードです。父・正次は騙されて、老いた馬を買わされてしまいました。日勝は「馬」という作品で、その馬の絵を描いています。

実はその馬を失ったあと、丹精込めて育てた、次の馬も失っているんです。日勝が獣医に見せに行くのですが、子供だからと相手にもしてもらえず、そのまま病気で亡くなってしまいます。

亡くなって横たわるその馬が、いくつもいくつも描かれている、スケッチブックが残っています。日勝が亡くなる直前に描いていたのも、馬の絵でした。特別な思いがあったんでしょうね・・・。

この土地で生きることを決めた!農民への誇り!

原野に生きる ――― 神田日勝
≪1967年1月6日 十勝日報掲載≫
ホワイトグレー一色に凍てついた野づらは、ゾッとするほど美しい。
このさむざむとした、だだっぴろい空間が、十勝農民の生きる場所だ。

引用元http://kandanissho.com/study/

日勝は苦労が積み重なり、割に合わないと離農を考えたことがあります。その時、描く画風が変わり、なんと、「農家をやめたのでは…?」と噂が立ちます。それを知った日勝は農家を続けることにしました。

農家でいることは、日勝にとって大事なことだったようです。なつ(広瀬すず)は天陽(吉沢亮)について、こんなことを言っています。

なつ「私たちはこの十勝で働いてるから絵を描くのが好きなんです。絵を書くのが楽しいと、働くのも楽しくなるんです。牛を見ても、空の雲を見ても、雪が大地に降り積もっても、あぁいいなあ…って感じられるじゃないですか」

なつ「自然が厳しくて辛いことがあっても、生きていることに向き合えるんです。『絵を描きたい』と思うことと、『ここで生きたい』と思うことは同じなんだって、私天陽くんから教わったんです」

雪上シーンの台詞に注目!日勝の視点で考察!

<第42話>
卒業式のあとになつ(広瀬すず)が天陽の家を訪れます。なつが帰ろうとすると、天陽(吉沢亮)が後ろから追いかけてきて、2人は一緒にそのまま雪の上へ倒れこむ。天陽がなつへの想いを封じて、なつの夢を応援することを選んだシーンです。

しかし大事なのは、その後!なつに天陽(吉沢亮)はこう告げます。

「なっちゃん…俺にとっての広い世界は、ベニヤ板だ。そこが俺のキャンバスだ。何もないキャンバスは広すぎて、そこに向かっていると、自分の無力ばかり感じる。けど、そこで生きている自分の価値は、ほかのどんな価値にも流されない。なっちゃんも、道に迷ったときは、自分のキャンバスだけに向かえばいい。そしたら、どこに至って俺となっちゃんは、何もない、広いキャンバスの中でつながっていられる!」

そうこのキャンバスの話、ドラマで聞いたときはなんてキザなセリフ…と思って違和感を感じたのですが、神田日勝本人がこんなことを書き残しており、これを読むと天陽のセリフがすっと入ってきます。

生命の痕跡 ――― 神田日勝
≪1969(昭和44年)6月18日≫ 北海タイムス掲載
あの白いキャンパスは己の心の内側をのぞきこむ場所であり、 己の卑小さを気づき絶望にうちひしがれる場所でもあるのだ。 だから私にとってキャンパスは、絶望的に広く、不気味なまでに深い不思議な空間に思えてならない。
私はこの不思議な空間を通して、社会の実態を見つめ、人間の本質を考え、己の俗悪さを分析してゆきたい。
己の卑小さをトコトン知るところから、我々の創造活動は出発するのだ。あの真っ白なキャンパスの上にたしかな生命の痕跡を残したい。

引用元http://kandanissho.com/study/

天陽の台詞、そのまんまだと思いませんか?天陽が伝えたいことに深みが出てきますよね!

「え?世界はベニヤ板?」とか思いませんでしたか?日勝の絵は、ベニヤ板にペインティングナイフで描かれているのが特徴。天陽は演劇部でベニヤ板に絵を描きましたね。天陽にとってはベニヤ板がキャンバスです。

最後の「あの真っ白なキャンパスの上にたしかな生命の痕跡を残したい」という一言も、天陽の前向きな決意に重なります。なつが夢を追う姿にも思えます。

私の人生観≪1969年3月 帯広三条高校新聞寄稿≫
八百屋のキャベツは時として値段が二倍にも三倍にも変わる。一個のキャベツの実質的内容本質的価値は周囲の諸現象の如何を問わず変わりない。だが…世俗的価値観は値段の昇降という具体的現象によって、高級品にもなれば下等物にもなってしまうのだ。
これに類似した価値判断が社会には実に無数に氾濫していて、どれ程人間を傷つけ、人間を歪めていることか。

引用元http://kandanissho.com/study/

難しいですが、どんな値段をつけられようとも、本質的な価値は変わらないと言っています。なんだか、勇気づけられませんか?天陽の「そこで生きている自分の価値は、ほかのどんな価値にも流されない」という台詞の、元になった考えに思えます。

天陽の言葉は綺麗ごとのように(顔が綺麗すぎて!)思えてきますが、日勝の言葉を読んでみると、言葉が生きてくるように思います・・・。

吉沢亮本人も来館!神田日勝記念美術館に行ってみた!

神田日勝の生き様を知るべく、北海道鹿追町にある「神田日勝記念美術館」に行ってきました。

「なつぞら」とリンクしている作品や、おすすめ作品をいくつかご紹介します。

「ゴミ箱」(1961年 油彩/ベニヤ)


出典:http://kandanissho.com/

「家」もそうなんですが、日勝が油絵を世に出し始めた16歳のとき、絵が暗くて、描くのが錆びたものばかりなんです。空間の歪みが不思議な雰囲気を出してます。理由は、第11話で天陽(荒井雄斗)が話しています。

<第11話>
天陽の描いた、真っ黒な馬の絵が飾られていました。ここで以前飼っていた馬を描いたんだと話します。絵が真っ黒なのは「死んだ馬だから?」と聞くと、「黒い絵の具は、赤や黄色より安いから」「それと兄さんは黒をあまり使わないんだ」と言います。

「晴れた日の風景」(1968年 油彩/ベニヤ)

これはなんと、天陽が描いた演劇の絵と本当にそっくりな絵なんです!色合いが鮮やかで、太陽と馬の絵が書かれています。

<第23話>で、倉田先生と雪次郎、なつが、天陽(吉沢亮)の描く絵に圧倒された気持ちが少しわかります。倉田先生は「彼自身の心の叫びが現れている」と褒めました。そんなエネルギーが伝わってきますよ!

「静物」(1966年 油彩/ベニヤ)


出典:http://kandanissho.com/

たくさんの鶏肉・魚・フルーツ・缶詰が、ござの上に所狭しと並んでいるという絵で、とっても色彩豊かな楽しい絵に見えます。

インタビューで妻・ミサ子さんが語っていたのですが、あれは全部想像なんだそうです。「あれだけの食べ物が家にあったことはない」といいます。当時の生活は苦しかったそうで、あるといえばジャガイモくらい。
空腹をこらえてあの鮮やかな絵を描いたと思うと…胸が締め付けられる…。

「馬・絶筆(未完)」(1970年 油彩・鉛筆/ベニヤ)

<第23話>で、天陽(吉沢亮)が演劇部の為に絵を描きましたよね、身体よりも大きなベニヤ板に、黒い炭のようなものでサッサッと馬の絵を描いていました。そのシーンとこの絵が似ているんです。この絵の完成途中で日勝が亡くなってしまったので、馬の後ろ足が、下書きで終わっています。

この途中というところが、まだ日勝が生きているような気にさせられる…不思議な魅力があります。ただ、朝ドラでこのエピソードが描かれないよう、願うばかりですね…。

「室内風景」(1970年 油彩/ベニヤ)

この絵を見たくて今回、神田日勝記念美術館へ行ったのですが、置いていませんでした。現在、北海道立近代美術館(札幌)に所蔵されています。札幌なら行けるという方多いのではないでしょうか。

小学生の頃に見に行ったのですが、非常にインパクトが強くて、今でも覚えています。個人的におすすめです。

天陽(吉沢亮)のモデル・神田日勝をもっと知ろう!

神田日勝と、山田天陽の繋がりについて書いてきましたが、いかがでしたでしょうか?
なつぞらの吉沢亮さんの演技にハマったという方が多いと思います!自分もその一人、ドラマの中で天陽が生きている背景を知って、想像するのは楽しいですよ!

これからの「なつぞら」がもっと深く楽しめるはずです!ただ、もうすぐ北海道編が終わり、必ず天陽ロスが来ます!

天陽ロスを埋めるためにも是非、美術館を訪れて、神田日勝の生きた証を感じてみて欲しいと思います。

『なつぞら』の放送時間は?再放送はある?

『なつぞら』は、月曜日から土曜日の朝8:00~8:15にNHK総合で放送されています。

朝見逃してしまった場合は、その日のお昼12:45~13:00に再放送があります。

また、まとめてダイジェストで見たい方は、NHK総合で以下のダイジェスト番組が放送されますので、チェックしてみて下さい。

なつぞらダイジェスト版

「なつぞら一週間」日曜日 あさ11:00~11:20

「5分で『なつぞら』」日曜日 あさ5:45~5:50 夕方5:55~6:00

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