イチロー節は引退会見でも健在!引退試合から引退会見動画・全文まとめ




アメリカのメジャーリーグ・マリナーズで活躍中のイチロー選手が、2019年3月21日に現役引退を発表しました。日本のオリックスでプロデビューし、そこからアメリカに渡ってメジャーリーグで活躍し続けたイチロー選手が、28年の現役生活に幕を下ろします。

常にストイックで在り続け、多くの野球選手の目標で在り続けたイチロー選手。彼のこれまでの功績と、最後の試合となった21日のアスレチック戦の様子、そして引退会見の発言や動画をまとめました。

最後までイチローらしさ全開!引退会見の名言まとめ

3月21日のアスレチックス戦後、イチロー選手は都内の会場で記者会見を行いました。

イチロー節全開の内容となった会見は、彼らしい率直な回答を織り交ぜつつ、これまでに語られなかった苦悩や辛さについても語られました。彼にそのつもりがなくても、多くの人の生きる道しるべとなる名言もあり、感動が広がっています。

引退会見で彼が語った内容から、特に注目したい部分をまとめました。

集結した報道陣の多さに驚愕するイチロー

引退会見がはじまり、イチローが最初に発した言葉は「(報道陣に)こんなにいるの!?びっくりするわ」。あまりに多くの報道陣が集まったため、その数にビックリしてしまったようですね。

確かに、会場後方にびっしりと並んだ記者を観ると、イチローがそう言ってしまうのも解ります(笑)。

このイチローの一言に会場が湧き、会見は笑顔のスタートとなりました。この冒頭からして、すでにイチローらしさが溢れていました。

イチロー選手が引退を決めた時期も判明

イチロー選手が引退を決めたのは、キャンプの終盤。もともと今回の東京ドームでの試合までという契約予定だったそうです。

また、最近の試合で結果を出すことが出来ていなかったことも、引退を決めた理由だと語りました。

イチロー選手「人より頑張ったとは言えない、自分なりに頑張ってきた」

記者から「引退に対し、後悔はないか」という問いに対し、イチロー選手は「(21日の東京ドームの景色を見て)後悔などあろうはずがありません」と回答。

さらに「もっとできたことはあると思いますけど」と前置きし、「人よりも頑張ったとは言えない。そんなことはとても言えませんけど、自分なりに頑張ってきた」と、これまでの野球人生を振り返りました。

「後悔を産まないためには、自分なりの頑張りを重ねるしかない」とも述べており、これまでイチロー選手が続けてきた「地道で着実な努力」こそが、後悔のない引退への鍵だったことが解ります。

21日までのイチロー選手を作り上げたのは、初心を忘れない彼のストイックな気持ちと、他人と比べるのではなく自分と戦い続けてきたからこそなのでしょう、

イチロー選手「夢が見つかれば、壁にも向かっていける」

記者から「これから野球をはじめようとする少年もいると思います。そういう子供たちに、何かメッセージをお願いします」と言われたイチロー。

イチローは「メッセージかぁ、苦手なのだな僕は」と言いつつも、夢を追う子供たちに口を開きました。

「野球じゃなくてもいいんですよね。何か夢中になれるものを見つけられれば、それに向かってエネルギーを注げるので」

「そういうものを、早く見つけてほしいと思います」

「見つかれば、自分の前に立ちはだかる壁にも向かっていける。向かうことができると思うんですね。それが見つからないと、壁が出てきたときに諦めてしまう」

「自分が向くか向かないのかではなく、自分が好きなものを見つけてほしい」

「こうなりたい」と夢を持ったとき、人は驚くほどのエネルギーを発揮することがあります。夢があるからこそ、乗り越えられることもある。イチロー選手は、「夢」というものがもつ大きな力の存在を、子供たちに伝えようとしたのでしょう。

イチロー「力以上の評価をされることは辛い」

高校野球からプロ野球入りを果たしたイチロー選手は、最初は一軍と二軍を行ったりきたりする生活をしていました。

その努力が実り、94年にオリックスのレギュラー入りを果たしたわけですが、イチロー選手が野球に対して「楽しい」と感じていたのはこの年まで。

「急に番付をあげられちゃって一気に。それはしんどかったです。やっぱり、力以上の評価をされるというのはとても苦しいですよね」

野球をはじめてその楽しさを知り、夢を叶えたイチロー選手。でも、夢を叶えた瞬間に彼は「現実」という名のプレッシャーに直面したのかもしれません。急に上がったハードルを超えるために、イチロー選手は地道な努力と練習を積み重ねてきたのでしょう。

「やりがいがあって、達成感を味わうこと、満足感を味わうことはたくさんありました。ただ、楽しいかと言えばそれは違うんですよね」

だからこそ、草野球でもう一度野球を楽しんでみたいということが、イチロー選手の思いなのだとか。草野球から野球の楽しさを知り、プロの頂点を極めた彼が、また夢見る場所が草野球ということに灌漑深いものがあります。

イチロー選手が語った「大きなギフト」のお話

「これまでにイチロー選手は、私たちに素敵なギフトをくださった」「これからはどんなギフトをくださるのでしょう」と質問した記者に対し、イチロー選手は「ないですよ(笑)」と答えました。

その上で、3月21日の東京ドームの試合こそが、自分にとって大きなギフトだと語っています。このお話に、彼の率直な人柄が見えるので、紹介します。

イチロー選手は、思うような結果を出すことができずにマリーンズを退団。その後も他球団から声がかからず、「去年の春が(野球人生の)終わりでもおかしくなかった」と打ち明けました。

所属する球団が決まらないまま、イチロー選手は神戸で練習をしていましたが、そのときの心境を語った言葉が印象的です。

「自分がオフの間、アメリカでプレーするために準備をするというのは、神戸の球場なんですけど、そこで寒い時期に練習するのは凹むんですよ、やっぱ心折れるんですよ」

あのイチロー選手にも、心が折れた瞬間があったのだと思い知らされた言葉です。彼の様に、なんでも持っているように見える人でも、こんな風に折れてしまう瞬間があった…。

あまり自分を語らないイチロー選手だからこそ、この言葉は非常に重いです。

しかしだからこそ、この東京ドームの試合での引退を「大きなギフト」と感じているそう。そこまで導いた多くの人々の出会い、そして球場に集まった人たちの思いまで含めて、ギフトと感じられるほどに嬉しいことだったのでしょうね。

イチロー選手「人より頑張ることなんてできない。天秤は自分の中にある」

「自分の生き様」で、伝わっていたら嬉しいと思うことは?」という質問に対して。

「人より頑張ることなんてとてもできないんですよね。あくまでも天秤は、自分の中にある」

「自分なりに天秤を使いながら、自分の限界をみながら、ちょっと越えていくというのを繰り返していく」

あくまで人と比べずに、自分と比べること。自分と比べながら少しずつ限界値を上げていくことこそが、後から「こんな自分になれた」と思うための手段ということです。

会見中で、この言葉に感銘を受けた人も多いのではないでしょうか?

イチロー選手「遠回りしないと、本当の自分に出会えない」

会見の中で、イチロー選手は「一気に高みにいこうとしても、今の自分とギャップらありすぎて、続けられない」と自分の考えを伝えています。

「地道に進むしかない、進むだけではないですね」

「後退もしながら、後退するしかない時期もあると思うので」

いつも前進できるわけではなく、時には後退せざる得ないこともある…。長い野球人生の中で、イチロー選手は時に後退することも受け入れつつ、進んできたことが伺えます。

さらに続くイチロー選手の言葉が、私たちに「夢をかなえる」ということの険しさや大変さを教えてくれました。

「自分が決めたことを信じてやっていく、でもそれが正しいとは限らないですよね」

「間違ったことを続けてしまっていることもある」

「でもそうやって遠回りをすることでしか、本当の自分に出会えないと思っているので」

最短距離で夢をかなえる方法はありません。その夢が大きいものであればあるほど、間違った方向に進んでしまうこともあり、そのたびに後退もしなければならなくなる。

でも、そうやって試行錯誤を繰り返すことでしか、つかめないのが夢なのでしょう。そして、その遠回りを経験したひとだけが、ありのままの自分の姿に出会える…。

夢を目指す人に届いてほしい言葉です。失敗したり間違ったりしてしまうことは、能力がないせいでも努力が足りないせいでもなく、夢を叶えるために必要な道だということを。

日本野球界のレジェンド・イチローの引退…SNSに広がるねぎらいの声

メジャーリーガーの日本人選手として、常に日本のプロ野球界を牽引し続けてきたイチロー選手。そのイチロー選手が、2019年3月21日・東京ドームで行われたアスレチックス戦を最後に、現役生活にピリオドを打ちました。

打席に立ったときの有名なポーズも、もう見られなくなってしまいますね。メジャーリーガー初の日本人野手として活躍した彼は、今日この日まで私たちファンを大いに楽しませてくれました。

日米で28年、45歳まで現役の野球選手として活躍したイチロー選手は、平成から元号が変わる直前に、野球人生の出発となった日本で現役生活を終えることになりました。

イチロー選手のこれまでの功績を称え、SNSには惜しむ声やねぎらいの声が数多く挙がっています。

満場の東京ドームが見守ったイチロー選手の引退

東京ドームでは、3月20日・21日の2日間にわたり、マリナーズーアスレチックの公式戦が行われていました。2日目の21日にイチローの引退が発表され、詰めかけたファンはイチロー最後の晴れ舞台を見守ることになりました。

イチローは昨年の成績が振るわなかったため、ファンたちも「そろそろ引退かもしれない」と考えていたようですね。「もしかしたら、この東京ドームが最後かもしれない」という気持ちで、多くの人がチケットを購入していたとか。

それでもやはり、試合中に引退発表を聞いたファンたちは、驚きと同様の声を隠せなかったようです。

日本では9年・アメリカでは19年、野球界のヒーローとして多くの人を感動させたイチローは、日本の観客の大声援を浴びながら、最後のマウンドに立ちました。

最後の試合は4打席無安打。8回で守備を降りるという結果になりましたが、最後の最後まで野球を愛し、野球に魂を捧げる姿は、集まった観客をこの上なく感動させたでしょう。

8回で交代となったとき、マウンドを駆ける彼の目には、涙がにじんでいるようにも見えました。

試合が終わり、仲間たちとハグを交わしたイチロー選手は、観客に挨拶をしてマウンドを去ります。でも観客たちは、誰も居なくなったマウンドにイチローの名を呼び続け、彼への最後の愛を示しました。

その声を聞いたイチローは、ただ一人東京ドームのマウンドに戻ります。

悲鳴にも似た「イチロー」という声がマウンドに降り注ぐ中、イチローはスタンドの観客たちに手を振りながら東京ドームを一周し、愛情に応えました。

イチロー選手が途中交代の選手とハグする姿が話題に

21日が現役最後の試合となったイチロー。彼が8回の途中交代でマウンドを去ったとき、チームメイトたちがベンチで彼を迎え、温かいハグを交わしたことが話題になりました。

そこには国籍も、年齢もありませんでした。ただただ、イチローを称えたいという気持ちだけがありました。

マリナーズとイチローの熱い絆

イチロー選手がメジャーリーグに飛び込んだ2000年に、所属するチームとして選んだのが「シアトル・マリナーズ」でした。

イチローの実力を知っている日本が、イチローのメジャーリーグ行きに沸き立つ一方で、マリナーズの本拠地・シアトルでは「本当にチームの役に立つのか」と懐疑的な意見が多数を占めていました。それまで日本人の野手がいなかったっため、特に彼への視線は厳しかったでしょう。

オリックス時代から使用していた「背番号51」を、マリナーズでも使用すると言ったことが、さらにバッシングを加速させました。51番は故ランディ・ジョンソンが使用していたため、「ランディに対する冒とくだ」という声が多かったのです。

このように、イチローを取り巻く環境は決して優しいものではありませんでした。

日本人からの期待とシアトルからのプレッシャー…そんな過酷な環境でメジャーデビューを果たした彼は、デビュー戦で2安打1得点という良い成績で観客の期待に応えます。

その後も安打を積み重ね、着実に結果を出し続けました。。その活躍を観たマリナーズのファンたちも、次第にイチローの実力を認めるようになり、彼を応援し始めます。イチローは堅実な努力と確かな成績でチームに貢献し続け、オールスター常連になるほどの支持を集めるようになりました。

そのイチローは、2012年にヤンキース、2014年にマリーンズへと移籍。しかし結果が振るわなかったため、2017年にマリーンズを退団してからは、行き先がない状態でした。

しかし翌年の2018年、あのシアトル・マリナーズがイチローの獲得に手を挙げます。

このときにマリナーズがイチローを迎えたのは、イチローへの愛とリスペクトの気持ちからでしょう。開幕戦の第1打席に立った彼を、ファンがスタンディングオベーションで迎えたのは有名な話です。

最初にあれだけ批判された「背番号51」も、イチローがヤンキースに行ってからは「空席」として扱うなど、マリナーズは常にイチローを大切にしてきました。

イチローがメジャーリーグの舞台に立ったとき、誰がこれほどマリナーズに愛され、大切にされる選手になると予想したでしょう?

イチローを惜しみなく愛したマリナーズと、長く応援してきた日本の大勢のファンと…彼をもっとも大切にしてきた2つに囲まれて、イチローは最後の花道を歩きました。

途中交代でイチローとハグする選手たち

3月21日のアスレチックス戦・8回で交代が告げられると、ベンチに戻るイチローをチームメイトたちが迎えました。

3月20日もハグする様子が報道されており、チームメイトは21日でイチローが引退することを知っていたのでしょうね。

21日の試合で途中交代が告げられると、ベンチに走るイチローに満場のお客さんから大声援が贈られました。ベンチでは、チームメイトたちがイチローを待っていました。

そして、観客たちがイチローに感謝の言葉と拍手を届ける中、長い長い時間をかけて、チームメイト1人1人がイチローとハグを交わします。選手たちがイチローを抱きしめる手が、本当に優しくて温かくて…そのことが、いかに彼が偉大な選手で、愛された存在だったのかを教えてくれました。

メジャー初登板の菊池雄星、イチローと涙の抱擁

奇しくも3月21日は、西武ライオンズからシアトルマリナーズに行った菊池雄星選手の初試合でもありました。ポスティングシステムでマリナーズに行った菊池選手。イチロー選手と試合に出られることを、きっとすごく楽しみにしていたに違いありません。

が、彼がメジャーのマウンドに立つその日が、イチロー選手最後の試合となってしまいました。21日の試合は、日本人選手の世代交代が見られた日でもあったのです。

8回の途中交代のとき、菊池選手はイチロー選手に歩み寄り、ハグを交わしました。

菊池選手は、イチロー選手の前で何とか涙をこらえようとしていたように見えます。が、やはり本人にハグされると我慢できなかったようで、涙をあふれさせました。

イチロー選手に「がんばれよ」と声をかけられたあとも、菊池選手は顔をあげることができず、ただ帽子を深くかぶって涙を流していました。

試合後、菊池雄星選手は「イチロー選手と試合ができたことが、最高のギフト」とコメントしています。まだまだ年若い選手ですので、彼らしくメジャーで活躍してほしいですね。

イチロー引退にゴードン選手が見せた涙

もう一人、イチロー選手の引退に号泣した人物がいます。同じマリナーズに所属するゴードン選手の存在です。

ゴードンはマリーンズ時代にイチローに出会い、マリナーズに移ってからもイチローを慕う選手でした。マリーンズ時代から5年もの間、かれはイチローと共に闘い、そしてこれ以上ないリスペクトをイチローに捧げてきました。

8回の途中交代とき、ゴードンは戻ってきたイチローに頭を下げます。そのゴードンに、イチローは「カモン」と声をかけ、ゴードンを抱きしめました。

ハグが終わったあと、ゴードン選手はイチロー選手と目を合わせることなく、マウンドへ向かいます。そして向かった先のマウントで、ずっと涙を流していたことが印象的でしたね。

21日の試合終後、東京ドームのお立ち台に立ったゴードンは、この涙について「神に感謝したかった」と、イチロー選手への熱い気持ちを語りました。

イチローの途中交代を解説しなかった佐藤義明アナのこと

また、日本テレビの解説者・佐藤義明アナのことも話題になっています。佐藤アナは、イチローが8回裏でマウンドを降りチームメイトとハグを交わす4分間、一言も語らずに会場の音声のみをお茶の間に伝えました。

8回裏でイチローが途中交代となったとき、東京ドームに集まった観客たちはイチローの名前を叫び続けました。イチローへの思いを描いたプラカードを掲げ、割れんばかりの拍手を送り、彼の最後の花道に多くの華を捧げようとしました。

会場も選手も、イチロー選手への気持ちはひとつでした。その感動を語るのに、言葉は要らないと彼は判断したのでしょうか。

マウンドからベンチに帰るイチロー、迎えるチームメイト、拍手の豪雨だけが流れる4分間の映像は、会場にいない私たちに現場の感動をそのまま伝えてくれましたよね。ただありのままに会場の雰囲気を伝えたい…そんな気持ちがこもった「沈黙の4分間」に、野球ファンたちが感謝の言葉を捧げています。

あの「イチローのレーザービーム」もアスレチックス戦だった

イチローと言えば、2011年4月13日・レッドソックス戦で魅せた「レーザービーム」でしょう。

この時の映像は、日本でも繰り返し報道されたため、覚えている人も多いはずです。

簡単に言うと、レッドソックスの選手がヒットを打ち、3塁にいた選手が点を取るために飛び出したのを、イチローのレーザービームのように長く力強い送球が制し、点が入るのを防いだという瞬間です。

これを見た当時の解説者が、「レーザービームの様だ!」と言ったことから、イチローの送球には「レーザービーム」という名前がついたのです。

アメリカの解説者が絶叫し、興奮するほどの送球を見せたイチロー。同時にこのプレイこそが、イチローを有名にしたプレイでもあります。

奇しくもこの試合の相手は、引退試合の相手となったレッドソックス。不思議な縁を感じずにはいられません。

2019年3月18日にも、イチローは見事なレーザービームを披露しています。読売ジャイアンツとマリナーズの試合の中での、印象的な1シーンでした。

ここ数年はずっと不調と言われ、ファンからも「そろそろ限界かもしれない」と言われ…、しかしそんなときでも、イチローは見事なプレイで雑音を吹き飛ばしてきました。

そのプレイこそが、野球ファン含め日本人に多くの夢を見せてくれました。現役野球選手として、45歳までマウンドに立ち続けた彼の努力と功績は、今後も語り継がれていくことでしょう。

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