荒磯親方として高安らを指導!稀勢の里が引退後の再出発!引退会見で何を語ったのか?!

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16日朝8時40分頃、稀勢の里の引退が発表されました。

初場所初日から昨日までで3連敗、横綱としてのワースト記録を更新してしまった稀勢の里。

今後の進退が注目をされていましたが、今日の取り組みを待たずに引退を発表しました。

引退を決意した日はいつなのか?将来は親方に?引退会見で何を語ったのか?日本人横綱として注目されてきた稀勢の里のこれまでと引退までの経緯をまとめました。

第72代横綱 稀勢の里

歴代最も遅い記録を持つ横綱

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兵庫県牛久市出身で現在32歳になる横綱・稀勢の里。

順調な相撲人生ではありませんでした。

2015年には優勝無しの年間最多勝を受賞。

これは98年の若乃花以来の記録で、幕内で1度も優勝がなく獲得した力士は稀勢の里が初めてのことです。

7度の綱取りを挑戦し、2016年に初優勝をし横綱に昇進。

初土俵から89場所目の初優勝であり、大関昇進後も優勝までに31場所を越えています。

これは歴代でもっとも遅い記録となりました。

2000年代に入り外国人力士の横綱が増え、日本人の横綱が絶えてしまったいた中での待ちに待った横綱昇進でした。

だからこそ、応援したくなるファンが多く、「きせのん」とあだ名も付いて日本中が彼を応援し、その活躍に期待をしていました。

ケガの多い横綱

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横綱昇進後初の取り組みで左目上に裂傷を負いました。

そして次の、横綱になってから初めての場所中には日馬富士に寄り切られた際に左肩を負傷。

この時は大きなテーピングをして出場をしましたが、ケガの様子は深刻そうでした。

内出血で大きく黒ずむ二の腕を持ちながらも見事逆転優勝を果たした稀勢の里。

19年ぶりの日本人力士の2場所連続優勝になりました。

その後、痛めた肩の完治を待つことなく場所に復帰した稀勢の里。

その取り組みは芳しいものではなく、途中休場。

次の7月場所でも横綱審議委員会から休場を容認する意見も出たが出場し、6日目に左足の靭帯損傷で途中休場。

9月場所では左の上腕筋と大胸筋の損傷で休場。

11月場所では腰部挫傷、左足の靭帯損傷で途中休場。

2018年の初場所も不調をきたし、途中休場。

ケガが完治していないという理由で全休を表明したが、春巡業では精力的に相撲を取り、復活の兆しを見せました。

しかし次の5月場所でも左大胸筋の痛みで休場。

結果夏巡業から復帰をし、9月から場所復帰をしました。

引退までの経緯

ワースト記録を更新

2018年の9月から場所に復帰をした稀勢の里ですが、ケガの影響が長く響いており、横綱本来の力強さは戻らず、では11月場所初日から4連敗で途中休場。

結果この年は初場所で1勝、秋場所で10勝という横綱の年間勝利数ワースト記録を更新してしまいました。

そして迎えた2019年初場所。

初日から黒星が続き、昨日15日で3連敗、不戦敗を除いて8連敗という20年ぶりに横綱のワースト記録を塗り変えてしまいました。

結果、36勝36敗という記録で横綱としての幕を閉じることになりました。

最後の取り組み

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横綱として最後の取り組みとなったのは昨日の1月15日の取り組みでした。

相手は栃煌山、稀勢の里とは同い年の力士で、これまで何度も取り組みを行った相手です。

土俵の上で立ち会った時には、稀勢の里の方が先に手を付き、取り組みへの気迫が感じられました。

多くのファンや関係者が見守った一番になりましたが、結果は一方的に寄り切られての黒星。

その時の稀勢の里の表情は、悲観したようにも、途方に暮れたようにも見えました。

そして翌日のスポーツ紙には一面で「稀勢の里 引退」の文字が大きく並びました。

まるで背を押すようなその報道。

結果これらの記事は本当になってしまいました。

引退を発表

田子の浦親方が取材に応える

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速報で引退のニュースが流れた後、田子の浦親方が部屋の前で記者たちの取材に応えました。。

昨日、本人から引退の言葉を聞いたそうです。

その理由というのは深く語らなかったようですが、思ったような相撲が取れていないのが理由だそうです。

全力では取っていたのだが、気持ちと体のバランスが追いついていなかったとのこと。

結果を出さないといけないが、なかなか結果に結びつくことができなかったという葛藤も話してくれました。

また、引退についての話し合いの時間ですが、実際には30分程度の物だったそうです。

しかし、何度も話し合いの場が持たれていたそうで、引退までにはたくさんの苦悩があったことが伺えます。

田子の浦親方は記者からの質問に対し、もう少し現役を続けてほしかったと気持ちを語りました。

もっとできるんじゃないかといった期待を口にしていました。

稀勢の里の今後について

引退した稀勢の里は今後どうするのでしょうか?

それについても、親方が取材で答えています。

「将来もありますし、まだ話してはいません。

でも将来的にはそうなる(親方になる)と思います」

自分の理想の相撲が取れず、歯がゆい思いで引退を決意した稀勢の里。

親方としてまた新しい日本人横綱を育てて貰えたらと願います。

朝青龍からのエール

横綱の気持ちは横綱にしかわからない

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昨日の取り組みを取材に応えながら観戦した朝青龍。

実は、自分からフジテレビに取材をしてきたそうです。

「横綱の気持ちは横綱にしかわからない」

そう言って、稀勢の里に新たにエールを送るつもりで取材に臨みました。

昨日の取り組みについて朝青龍は

「僕だったら止めます」

と断言しました。

そして取り組みを見ながら、

「相手に強く差し込めば勝てる、横綱相撲が取れるはずだったのに」

と残念そうに語りました。

もっと休んでも良かった

「半年でも、2場所でも3場所でも休んでいいんですよ。

完全な体勢になってからの勝負だったはずですが、ドタバタドタバタで今日なんですね」

と、無理を押しての出場を続けた稀勢の里について語りました。

そして、ファンの期待に応えたかった気持ちを汲むものの、やっぱり出るべきではなかったと苦言を呈しました。

記者から、もしもこれが自分の立場ならどうかと聞かれた朝青龍は

「もしも後がないんだったら…僕は楽しみます」

と朝青龍らしい意見を述べました。

「明日の取り組みも絶対に出るべきだと思います。

そういうエールを聞いてほしいです」

しかし、このエールが稀勢の里の元に届くことなく、引退の速報が流れてしまいました。

引退会見で何を語ったのか?

一片の悔いもありません

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本日15時半ごろ、稀勢の里が相撲教習所において会見を行いました。

稀勢の里は会見中涙をぬぐいながら、ファンに対しての思いを強く語ってくれました。

ケガのことについて質問が及ぶと、

「一生懸命やってきましたが、このまま潔く引退するか、ファンのために相撲を取るか、稽古場で自問自答を続けました。

ファンのために続けようという判断でこれまでやってきました」

と応えました。

また、たくさんの人に支えられ、感謝をしていること。

横綱としてファンの期待に沿えなかった事を謝罪しました。

今回の引退において、一片の悔いもないことを涙を拭いながら語ってくれました。

今場所を迎えるにあたっての決意

初日から連敗を続けてしまった稀勢の里。

今場所について質問を受けると、場所前から覚悟を持って過ごしていたと語りました。

これでだめなら…という気持ちもあったそうです。

体調としては、怪我をして以来自分の中では一番いい動きができていたので、初日に臨んだということ。

稽古ではいい動きができたので、自信をもっていたということを語りました。

しかし、回復具合を聞かれると、徐々に良くなってはいたが、怪我前には戻れなかったとのことです。

今後は親方として

引退後が『荒磯』という名を貰って親方として活動をしていくそうです。

今後は後進の育成に携わっていきたいと話していた稀勢の里。

始めは場所中の警備から行うそうです。

もしかしたら、今後トランシーバーを持った稀勢の里改め荒磯親方を見かけることがあるかもしれませんね。

また当面のスケジュールとしては、成田山新勝寺での節分会は欠席、2月18日の牛久の激励会は今のところやる予定だそうです。

親方としての稀勢の里に期待

横綱としては怪我に苦しみ、思うように相撲を取ることができなかった稀勢の里ですが、その辛さ、悔しさを知っている分いい親方になれるのではないかと思います。

また、現在独身の稀勢の里。

父親からの教えで、現役中は独身を貫いていたとのことです。

今後はおかみさんとなる女性を見つけ、私生活も充実してほしいと思います。

責任感の強い横綱稀勢の里、唯一の日本人横綱として強いプレッシャーを感じていたことと思います。

これまで十分にファンの期待に応えてくれたので、横綱としての重責を下して少し休んで下さい。

お疲れ様でした。

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