没後も長らく性別や生没年、そして作品点数、私生活などが不明とされ、「謎の叙情版画家」や「謎の画家」と呼ばれて来た小林かいちをご存じですか?
小林かいちは大正後期から昭和初期に掛けて、世界的な流行となったアールデコの影響を受けた、大正ロマンを感じさせる絵はがきや絵封筒のデザインで、若い女性達から大変な人気となりました。
「京都のアールデコ」とも呼ばれた小林かいちについて、かいちが活動していた時代の大正ロマンついて調べてみたいと思います。
小林かいちとしての活動
小林かいちとしての活動期間は、大正後期から昭和初期のわずか10年程と短いものでした。
元々かいちは1922年(大正11年)頃から、「歌治」の雅号で着物の図案家として活動していました。
その後、大正後期から京都京極三条の土産物店「さくら井屋」にて、かいちがデザインした絵はがきや絵封筒が刊行されました。
最初は「うたぢ」の号を用いていたそうですが、間もなく「かいち」の名で制作を行ったのだそうです。
雅号もしくは作品のサインには「嘉一」、「歌治」、「うたぢ」、「う多路」、「Utaji」などもあるのだとか。
昭和初期以降にはかいちの存在は少しずつ忘れ去られて行ってしまい、一部のコレクターの間でのみ知られるような存在となって行ってしまいました。
その後の、後半生は、京都の「鷲見染工」という染色会社などで、友禅の図案家として生計を立ていたそうです。
小林かいちの作風

小林かいちの手掛けた絵はがきや絵封筒は、ピンクやブルーのグラデーションや赤と黒の明快な対比の色彩の中に、十字架や教会、ハート、月、トランプや薔薇、そしてスレンダーな女性の姿などを配したもので、そのモダンなデザインは若い女性達から評判となり、その人気は模倣品が出回る程でした。
その他のモチーフにはクロスワードパズルや当時の人気漫画、歌謡曲など、大正末期の流行を取り入れたものも多くあったようです。
かいちの画風は西洋的な色彩表現やモチーフによるアール・デコ様式の装飾性と、日本的な和の雰囲気との調和は、まさに華やかな大正ロマンという感じがします。
『春琴抄』などで知られる小説家・谷崎潤一郎の1928年(昭和3年)発表の小説『卍』の文中には、かいちの絵封筒「桜らんぼ」「トランプ」の2作品に関する描写が出て来ているということからも、当時のかいちのデザインがいかに人気だったかがうかがえるのではないでしょうか。
謎のプロフィール

小林かいちの詳しいプロフィールは、死後しばらく経ってからも長い間謎のままでした。
しかし2008年にかいちの次男が名乗りを上げることで、死後40年が経過してから、ようやく本名や経歴などが明らかになりました。
2008年ということは比較的最近ですよね。
小林かいち(1896年11月-1968年)
本名:小林嘉一郎
「父が、かいちとは…」謎の画家 長岡京に二男
戸籍謄本によると、かいちの本名は、小林嘉一郎で、本籍は東山区祇園町北側。
1896年に旧家の長男として生まれ、京都絵専で学んだ後、嘉寿さんら三男一女を育て、1968年に72歳で亡くなった。
嘉寿さんによると、かいちは「鷲見染工」という染色会社などに勤務。
着物の図案などを描いて生計を立てていたという。
22年発行の「京都図案家銘鑑」には「小林歌治」の名があることから、26歳ごろには図案家として身を立てていたようだ。
嘉寿さんは「父と一緒に遊んだ記憶はほとんどないが、夜中に机に向かって御所車などの模様を描いていたのを覚えている。
あの父が謎の画家のかいちだったとは本当に驚きました」と話している。
京都新聞2008年2月9日付夕刊
かいちの次男の方は父親が「小林かいち」であることは知らなかったそうです。
知人を通じてかいちの展覧会を知り、同姓同名の「小林嘉一」の名で仕事をしていた父の遺品を調べたところ、父の制作した木版画のサインが、かいちの絵封筒のサインと一致したのだそうです。
こんな偶然ってあるものなんですね。
大正ロマンとは

小林かいちの作品の特色の一つである「大正ロマン」。
「大正ロマン」というのは1912年から1926年までの15年間の大正時代に流行した文化で、日本とヨーロッパのデザイン様式の融合によって生まれた、和洋折衷のモダンな文化のことです。
時に「大正浪漫」とも書かれますが、「浪漫」という漢字表記は夏目漱石によって点けられた当て字なのだそうです。
大正ロマンと一言で言っても、その範囲はとても広く、絵画や建築、家具だけでなく、西洋文化の影響を受けたモダンボーイ、モダンガールと言った、その当時の若者達のファッションやライフスタイルも含めて、「大正ロマン」と言うことのようです。
あの有名な竹久夢二も「大正ロマン」を代表する文化人の一人として、知られています。
現代では大正時代の雰囲気を伝える、その時代の人達に考え方や文化の全般的なイメージを総じて「大正ロマン」と呼ぶようです。
シンプルな線で描かれたお洒落なモチーフと、和と洋が入り交じった絵柄、小林かいちの作品は今の時代でも、全く色褪せない魅力を持っています。
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