アサンジとは誰?ゴア・ヴィダルとの関係は?なぜ逮捕された?今後の展開についても

ウィキリークスの創設者、ジュリアン・アサンジ氏が、4月11日エクアドル大使館で、イギリス警察により逮捕されました。

アサンジ氏は7年前から、このエクアドル大使館に籠もり、エクアドル国籍も取得することで、事実上の政治的亡命を行っていましたが、エクアドル政府はアメリカ政府の意向を受けて、イギリス警察にアサンジ氏の身元引き渡しに同意しました。

また、大使館から警察によって連行される時、アサンジ氏はその手にゴア・ヴィダル氏の著書を、報道陣へ向けながら歩いていました。これが意味するところとは、何だったのでしょうか。

他にも、アサンジ氏はなぜ逮捕されたのか、そもそもアサンジ氏やウィキリークスとは、何なのかなどについてもご紹介していきます。

なぜアサンジ氏は逮捕された?

約7年もの間、イギリス国内にあるエクアドル大使館で、生活していたアサンジ氏。

大使館に、逃げ込んでいた理由は、イギリス警察からスウェーデン警察、そしてアメリカ政府へと移送されることを、恐れていたためです。

アサンジ氏のことを、養護していたエクアドル大使館だが、エクアドル本国の大統領が、アメリカ寄りの人物へ変わったことをきっかけに、館内にイギリスの秘密警察を、招き入れアサンジ氏は逮捕させました。

今回の逮捕理由は、「保釈中に裁判所へ出頭しなかったから」とのことですが、イギリス警察によると、アメリカ政府から身柄の引き渡し要求があったことも、明らかにしている。

これに対して、ロシア大統領府は、「人権の順守を臨む」と公式発表をした。

エクアドル大使館にアサンジ氏が逃げ込んだ理由

ウィキリークスのサイト上で、各国の機密文書を公開して以来、アメリカ政府から逮捕状が出ていたアサンジ氏。

各国を転々としながら、逃亡生活を続けていたアサンジ氏でしたが、スウェーデンで性的暴行の犯行容疑で、現地警察により取り調べを受けます。

あまりにも強引な取り調べに対して、違和感を感じたアサンジ氏は、スイスへの亡命を希望。けれど、その亡命を阻止しようと、国際指名手配を受けることとなるアサンジ氏。

その後、取り調べが強引すぎるスウェーデン警察から逃れて、より公平な取り調べを求めロンドン警察に出頭しますが、ここでも勾留されパスポートの没収と保証金3000万円の支払い、さらには発振器の取り付け、警察に対する毎日の報告義務まで付けられます。

翌年にはスウェーデンへの移送が、決定したためエクアドル大使館に逃げ込み、以降そこで7年間暮らした後、2019年4月11日にエクアドル大使館が、イギリスの秘密警察を館内に招き入れたことで、逮捕されることになりました。

ジュリアン・アサンジは誰?ウィキリークスとは一体?

4月11日エクアドル大使館で、逮捕された「ジュリアン・ポール・アサンジ(Julian Paul Assange)」47歳。

世界中のマスコミが、一斉に彼に注目を集めたが、一体何者なのでしょうか。

そして、彼が作ったとされるウィキリークスとは?知らないと恥ずかしい、世界的に有名な彼の経歴を、ご紹介していきます。

アサンジ氏の経歴

1971年7月3日に、オーストラリアのクイーンズランド州、タウンズビルで、誕生します。

メルボルン大学中途退学後は、プログラマとして活動していましたが、やりすぎて1991年にオーストラリア連邦警察から、自宅を捜索されてしまうのでした。

翌年になって、アサンジ氏はハッキング容疑を認め、2,100豪ドルを払い保釈されます。

1989年には、内縁の妻と同居をして、男の子も一人できるのですが、結局2人は離婚して10年ほど、親権争いを続けることに。

それから2006年頃までは、比較的真面目に、プログラマーとしての経歴を積み上げていくことになります。

ウィキリークスの立ち上げ

2006年に自身でウェブサイト「ウィキリークス」を創設。

このサイトで、当時ケニアで起きた虐殺に関する秘密情報を、報道機関にリークしたことで、2009年にはアムネスティ・インターナショナル国際メディア賞を受賞。

他にも下記のような様々な秘密文書を、ウィキリークスを通じて世界中に報道しました。

  • コートジボワールにおける有害物質の大量廃棄による環境被害
  • サイエントロジー教会のマニュアル
  • グァンタナモ米軍基地の作業手順
  • カウプシング銀行やジュリアス・ベアなどの銀行についての秘密文書

しかし、2010年にアメリカ軍のイラク戦争関与の秘密資料を、公開したことをきっかけに、アメリカ政府から危険人物と認定され追われる身となります。

彼の勇気ある行動は、数々の組織から評価されました。

  • 2008年:「エコノミスト」誌から「表現の自由」賞
  • 2010年:同誌から「サム・アダムス」賞
  • 同年:「Utne Reader」誌から「世界を変える理念を持つ25人」の一人に選出
  • 同年:「ニュー・ステーツマン」誌から「世界で最も影響力のある50人」では23位に選手
  • 同年:「タイム」誌から「パーソン・オブ・ザ・イヤー」で読者投票部門の1位に選出

ウィキリークスの紹介

ウィキリークスとは、世界中の機密文書を、ネット上に公開するために、アサンジ氏によって作られたサイトです。

最も世間を、賑わせたのは2010年に起きた「アメリカ外交公電ウィキリークス流出事件」であり、この時から約1年ほどかけて25万通の秘密文書を、ネット上で一般公開しました。

この秘密文書は、一切の伏せ字もなかったため、秘密文書の内容だけでなく、情報提供者の名前まで晒されてしまいます。

各国の秘密文書について、一部ここでご紹介していきます。

  • ドイツ

武装勢力と間違えたドイツの一般男性を拉致したCIA係官に対する逮捕状を発布しないようドイツ側に「脅すつもりはないが対米関係の影響を見極めるべきだ」と警告。

  • パキスタン

2007年以来兵器などの転用を恐れパキスタンの研究用原子炉から高濃度ウランを取り除く秘密活動。パキスタン側もこれを認めた。

  • 北朝鮮

アメリカ・韓国の両政府が北朝鮮の体制が崩壊した場合の南北統一の見通しを協議

モンゴル政府との協議の中で、北朝鮮は中国とロシアを繰り返し批判

ミャンマー軍事政権に核・ミサイル施設建設で協力していた疑惑を示す複数の証言

海底に新たな核施設があるとの情報

西洋音楽の国内流布を禁じているのに2007年、金正日の次男・金正哲がファンだという理由で、イギリス人のエリック・クラプトンのコンサートを平壌で開催できるよう、在韓アメリカ大使館に調整役を依頼していた

  • イラン

北朝鮮から中距離弾道ミサイル19基を入手

親米派のアラブ諸国がイラン(ペルシャ人主体の非アラブ国)に対して警戒感を増していることが明らかになった。しかしアラブ諸国内では意見が統一できず、包囲網形成が困難になっていることも伝えられた。

  • サウジアラビア

アブドゥッラー・ビン・アブドゥルアズィーズ国王が核開発阻止のため米政府に対イラン攻撃を促進。

サウジアラビアはイスラム教の戒律が厳しいはずだが、ジッダのアメリカ総領事館で「地下ハロウィーンパーティ」が開かれ酒や売春が繰り広げられていた。その場には王族も参加したと報告している。

  • 中国

何亜非外務次官がアメリカ大使館当局に対して日本の国際連合安全保障理事会の常任理事国とすることに反対を伝えた。

武大偉に対して、韓国の政府高官と見られる人物が「英語もできないくせに横柄なやつだ」と露骨に馬鹿にしたような評価をしていた。

中国政府がアメリカ・インターネット検索会社大手のグーグルのコンピュータサーバへの侵入を指示。

王家瑞対外連絡部長が「北朝鮮の行動は常識では予測不能」と発言。

2009年6月、北朝鮮のウラン濃縮技術について「まだ初期段階」と過小評価。

劉暁波の釈放を求めるアメリカに対して「人権問題ではない」「内政干渉は直ちにやめよ」といった内容の返信をしていた。

李克強副首相が、在中国アメリカ大使クラーク・ラントに「中国のGDPは人為的で、当てにならない」と述べたことが2007年3月の文書で明らかにされた。

2009年7月の公電で、中国の指導者の政策決定は主として利益と権力が物をいい、中国共産党政治局常務委員会の決定過程は、企業のように、持ち株が多いほど決定権が大きくなること、中国上層部の序列は、血筋や経歴で決まることを指摘していた。

引用:WikiLeaks

ゴア・ヴィダルとの関係は?

アサンジ氏が、エクアドル大使館からイギリスの秘密警察に身柄を、取り押さえながら出てきた時、その手に持っていたのが、「ゴア・ヴィダル氏」によって書かれた一冊の本でした。

これは、明らかにアサンジ氏から、世界中のメディアに向けての1つのメッセージと考えられますが、そこに込められた意味とは一体何だったのでしょうか。

ゴア・ヴィダルのプロフィール

  • 名前:ゴア・ヴィダル(Gore Vidal)
  • 生没年:1925年10月3日~2012年7月31日
  • 出身地:アメリカ国ニューヨーク州ウェストポイント
  • 代表作:都市と柱、マイラ

アメリカの文学史上、初めて同性愛を積極的に、小説内で扱った作家として知られています。自身も、バイ・セクシャルとしても有名でした。

幼い頃は、上院議員であり盲目の祖父のために、政治資料の読み聞かせやガイドなどを行います。

このことをきっかけに、幼くして政治権力の裏側を知ることとなり、これがヴィルダル氏のアメリカの帝国主義への批判精神を、作り上げたと言われています。

アサンジ氏からのメッセージ

ゴア・ヴィダル氏は、生前痛烈なアメリカ政府への批判を、行っていた人物でした。

アサンジ氏は、このことからアメリカ政府には、決して負けないという意志の強さを示している可能性が高いです。

またゴア・ヴィダル氏が、亡くなったのは、2012年でありちょうどアサンジ氏が、エクアドル大使館に籠もった年でした。

もしかすると、アサンジ氏は自分がゴア・ヴィダル氏の生まれ変わりであることを、伝えようとしているのかもしれません。そのため、高齢であったゴア・ヴィダル氏に合わせて自分も髭を長く伸ばして、年老いた容姿をしていた可能性があります。

ウィキリークスが示したこと

ウィキリークスは、隠された情報を明らかにすることで、情報格差を失くし世界の不正を暴き出そうとした機関であり、これはジャーナリズムの本来在るべき姿としかいいようがありません。

むしろ個人が作ったサイトが、世界中のメディアよりも情報収集力において、上を行くというのは今のメディアが、いかにお粗末なものかが伺えます。

そしてまた、政府がウィキリークスを躍起になって批判し、自分たちにとって不都合な情報を、必死に隠そうとしたため、それが逆に世間の注目を集めた結果、ウィキリークスの価値は飛躍的に上がりました。

国家の信頼を揺るがすことが悪なのか、それとも隠さないといけないようなことをしている国が悪なのか、それを考えることは歴史家に任せるとして、1つ言えることはアメリカは建前で自由を唄いながら実際は、報道の自由すら許されない国だということです。

ウィキリークスのアサンジ氏の一件を、世界中のメディアは反面教師として捉えるのか、それとも目標としてみるのかわかりませんが、ぜひとも頑張って欲しいものです。

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